お好み焼きっておいしいですよね。
僕は関西人なので当然頻繁にお好み焼きを食べますが最近では関東の人でも普通に多く食べますよね。
また、外国人の方にも人気の料理となっており一種の日本の有名な食べ物ともいえるでしょう。
そんなお好み焼きですがなぜ「お好み焼き」という名前なのかということを知っていますか?
よく考えてみれば面白い名前ですよね。
また、お好み焼きの歴史や発祥地なんかも知らない人が多いかと思います。
そこで今回はお好み焼きの歴史について書いてみました。
今回のお届け内容は↓
- お好み焼きの名前の由来は?
- お好み焼きの歴史は?
- お好み焼きの発祥地は?
となっています。
それでは発送開始!
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お好み焼きの名前の由来は?
まずはお好み焼きの名前の由来のついてです。
お好み焼きという名前に今まで特に違和感は感じていなかったのですがよく考えてみればおもしろい名前ですよね。
皆さんはお好み焼きの名前の由来は何だと思いますか?
とっても安直な由来なので拍子抜けしてしまうのですが客が自分の好みで焼いたからというのが名前の由来とされています。
とはいえ今となってはお客さんが自由に焼くという意味合いも薄れてきていますよね。
今でも自分で焼くことが出来るお店はありますが出来上がったものを提供しているところも多いのが事実。
なので、今では客が好みに焼くというお好み焼きの定義は薄れてキャベツを用いる粉物料理を指すようになりました。
と言っても今ではもはやキャベツも使われていないお好み焼きもありますが。
ちなみにお好み焼きと呼ばれる前は洋食焼きといったように呼ばれていたよう。
そこからさまざまな具を好みに入れるようになりお好み焼きという名前に変わっていったのです。
お好み焼きの歴史は?
続いてはお好み焼きの歴史についてです。
そもそも粉物料理の起源として「麩の焼き」というものがあります。
これは小麦粉を主な材料とした和菓子のこと。
- 小麦粉を水で溶く
- それを薄く焼く
- 芥子の実などを入れる
- 山椒味噌や砂糖を塗る
- 巻物状に巻く
といったようにして作られるものでした。
かの有名な千利休も好んで作らせていたのだとか。
確かにこれは粉物料理の起源に近いものであるとは言えるでしょう。
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しかしながら、お好み焼きとは少しかけ離れているため起源というよりかは遠い祖先といった表現の方が正しいかと。
お茶と一緒に楽しむ和菓子の性質を持つ麩の焼はお好み焼きとはもはや別物なので。
似ているのは調理法のみなので確かにこれを起源と呼べるかどうかというのは難しいところです。
それから今のお好み焼きに近いものが出てきたのは明治時代の頃でそれがもんじゃ焼き。
もんじゃ焼きの方がお好み焼きよりも早く誕生しているのです。
そこからどんどん焼きというものが派生します。
これはほとんど今のお好み焼きと同じような料理で呼び名が異なるだけと言っても良いでしょう。
これがいつしかお好み焼きといったように屋台などで表記されるようになっていったのです。
お好み焼きの発祥地は?
続いてはお好み焼きの発祥地についてです。
お好み焼きで有名なのは大阪なので発祥は大阪だと思う人も多いのではないでしょうか?
しかしながら、実際にはお好み焼きの発祥地は東京にあります。
先程も書いたように明治時代にもんじゃ焼きが定着して行きました。
これは東京での話なのです。
それがどんどん焼きというものに派生したというのも東京での話。
このどんどん焼きがやっと近畿地方に伝わります。
その時はどんどん焼きという名称ではなく一銭洋食として広まっていきました。
昔はソースは洋食の味といったように認識されており、当時1枚一銭でソースが塗ってあったために一銭洋食という名前が付きました。
これは今でも京都に壹錢洋食本店があるので食べることが出来ます。
店内も当時の雰囲気を再現しているのでそのような場所で食べられるのはとても楽しいかと。
京都に訪れた際にはぜひ立ち寄ってみてください。
話が逸れましたがこれでやっと関西にお好み焼きの原型が訪れることになります。
しかしながら、まだ名前はお好み焼きではないですよね。
ここからお好み焼きという名前までを説明するにはまた東京に戻る必要があります。
さきほど東京でもんじゃ焼きが生まれそれがどんどん焼きというものに派生したと説明しました。
このどんどん焼きがいつしかお好み焼きといったように屋台などで表記されるようになっていくのです。
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ちなみにこれが大正の初めの頃のこと。
しかしながら、関西でお好み焼きが知られるようになったのは昭和16〜17年。
このように関西にお好み焼きが伝わったのは遅いのです。
関西がお好み焼きの発祥ではないということだけでも意外なのにこんなにも遅く伝わっているとは驚きですよね。
関西の他にお好み焼きが有名なところと言うと広島が挙げられるでしょう。
この広島焼は一銭洋食が派生したものなので順番的には一番最後ということになります。
ここで気になるのは粉物料理の発祥があるのは東京なのになぜ関西は粉物料理で有名なのかというところでしょう。
色々と理由はありますがまず大阪の市場がかつて小麦粉の流通で盛んであったということが挙げられるでしょう。
また、大阪万博で大阪商工会が大阪市場の特徴であった小麦粉製品を推し進めました。
それにより関西圏で小麦粉を使われることが多くなり小麦粉を使った様々な料理が盛んになっていったのです。
大阪ではお好み焼きの他にたこ焼きなんかも有名ですよね。
また、
- 兵庫ではパンや明石焼き
- 京都では麩
といったような小麦粉を使った商品が活発となっています。
こういった経緯があって今の関西の粉物文化というものがあるのです。
商売が絡み文化が出来上がるというのは何とも大阪らしいですよね。
まとめ
今回はお好み焼きの歴史について書いてみました。
お好み焼きというと大阪や広島といったイメージがあるので東京に起源があるというのに驚いた人も多いでしょう。
そしてお好み焼きに限らず粉物料理の発祥自体が東京にあるというのは驚きですよね。
意外にこのことを知っている人は少ないかと思うのでぜひ知り合いにも教えてあげてください。
今回はここまで。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。